ある怪談ライブの常連客から聞いた話だ。
都内の小さなライブハウスで開かれる怪談会に、彼は毎月通っていた。キャパ30席ほどの狭い会場で、照明を落とした中、怪談師の声だけが響く。あの空気が好きだった。
ある回、いつもは満席になるのに、最前列の右端だけがぽっかり空いていた。開演しても誰も来ない。怪談師もちらりとその席を見たが、何も言わずに語り始めた。
その夜の演目は、病院で亡くなった女性の話だった。怪談師が佳境に差しかかったとき、彼はふと気づいた。最前列の空席に、誰かが座っている。小柄な女性だ。長い髪で顔は見えない。いつ来たんだろう。
隣の客にそっと「いつの間に来ました?」と囁いたら、怪訝な顔で返された。
「あそこ、誰も座ってないですよ」
終演後、怪談師に声をかけた。「最前列、空けてたんですか?」
怪談師は少し黙ってから、こう言った。
「毎回来るんですよ。だから空けてる。あの人、生きてた頃からの常連さんだったから」