怪談ライブ実話怪談

空席

2026年4月4日

ある怪談ライブの常連客から聞いた話だ。

都内の小さなライブハウスで開かれる怪談会に、彼は毎月通っていた。キャパ30席ほどの狭い会場で、照明を落とした中、怪談師の声だけが響く。あの空気が好きだった。

ある回、いつもは満席になるのに、最前列の右端だけがぽっかり空いていた。開演しても誰も来ない。怪談師もちらりとその席を見たが、何も言わずに語り始めた。

その夜の演目は、病院で亡くなった女性の話だった。怪談師が佳境に差しかかったとき、彼はふと気づいた。最前列の空席に、誰かが座っている。小柄な女性だ。長い髪で顔は見えない。いつ来たんだろう。

隣の客にそっと「いつの間に来ました?」と囁いたら、怪訝な顔で返された。

「あそこ、誰も座ってないですよ」

終演後、怪談師に声をかけた。「最前列、空けてたんですか?」

怪談師は少し黙ってから、こう言った。

「毎回来るんですよ。だから空けてる。あの人、生きてた頃からの常連さんだったから」